条文にあるのは「著しく不適当」の一語だけ。
では裁判所は何を基準に判断しているのか、そのうち何が要件で、何が単なる考慮材料なのか。
令和4年最高裁判決とそれ以前の裁判例を並べて切り分け、改正前の駆け込み贈与に当てはめます。
6項には、法的な意味での「発動要件」がそもそも存在しません。
訴訟で審理されるのは、相続税法22条(処分の評価額が時価を上回らないか)と、平等原則(通達評価額を上回る評価に合理的な理由があるか)の2つだけです。
6項は、課税庁が自ら発した通達に内部的に拘束されるために必要な内部手続であって、訴訟の判断枠組みではありません。
最高裁令和4年4月19日判決も、6項の適用要件を定立していません。
判示したのは「通達評価額を上回る評価が平等原則に違反しないのはどのような場合か」であり、しかも事例判断です。
「著しく不適当」という6項の文言も、それ以前の下級審が使ってきた「特別の事情」という概念も、同判決は用いていません。
改正前の駆け込み贈与について、過去に同じ構図で6項が発動された公表事例は確認できませんでした。
マンション通達には公表から施行まで約3か月の空白がありましたが、その間の駆け込みへの6項適用も、当局の事前警告も見当たりません。
ただし「通達が穴を塞ぐ前の取引」への個別否認が裁判所に是認された先例はあり、今回は当局が施行前に明文でけん制した点が過去と異なります。
「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」。
要件らしきものは「著しく不適当」だけで、その中身は書かれていません。
裁判例は、指示の有無は課税処分の効力に影響しないとしています。
逆に、指示を経ていても「特別の事情」がなければ違法です。必要条件でも十分条件でもありません。
最高裁は「大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない」と正面から否定しました。
調査官解説も「何倍であるといった主張立証には意味がない」と述べています。
最高裁が指摘したのは、税負担が著しく軽くなったという結果と、軽くする意図の2つです。
年齢・借入れ・期間・売却などは、この2つを推認するための材料にすぎません。
M&A交渉中に代表者が死亡した事案で、高裁は「行為をしたと認めることができない以上、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない」として6項適用を否定し、確定しました。
「近い将来発生することが予想される相続」という論理が使えないため、代わりに「その評価方法を定めた通達の趣旨が当該事案に妥当しない」という筋が使われてきました。
実務で「6項の発動要件」として語られているものは、法的な性質がまったく異なる3つの層が混ざっています。
切り分けると次のようになります。
| 層 | 内容 | 性質 |
|---|---|---|
| 第1層 法律要件 |
相続税法22条(時価を上回らないこと) 平等原則(「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があること) |
訴訟で審理される適法性の要件。この2つだけ。 規範的な要件(不確定概念)は後者のみ。 |
| 第2層 中核事実 |
租税負担が著しく軽減されたこと(客観面) 租税負担軽減の意図があったこと(主観面) |
第1層を基礎づける事実。最高裁が明示的に指摘した2つ。 要件そのものではないが、実務上はこれが勝負どころ。 |
| 第3層 間接事実 |
年齢・健康状態/借入れ/取得からの期間/課税時期後の売却/経済的合理性/相続人の関与/第三者の記録 | 中核事実を推認するための材料。 単独では決め手にならず、欠けていても発動され得る。 |
| 項目 | 位置づけ | 理由 |
|---|---|---|
| 通達評価額と時価の著しい乖離 | 要件ではない (前提事実) |
最高裁が正面から否定。ただし「乖離を利用して税負担が著しく軽くなった」という因果の起点ではある。 |
| 他の合理的な評価方法の存在 | 位置づけが分かれる | 税務大学校論叢の要件事実整理では課税庁の抗弁側。他方、処分価額が時価を上回らないことの立証には不可欠。両方にまたがる。 |
| 納税者の行為 | 事実上の必要条件 として運用 |
最高裁は要件と明示していないが、高裁が「行為がない以上、判断する余地はない」とした。ただし不動産の評価そのものが争点の事例では不要とする整理もある。 |
| 租税負担が著しく軽減されたこと | 中核事実 (要件に極めて近い) |
調査官解説が「正に『著しい』といえる場合に限られる趣旨」とする。株特外し事案は一審と控訴審がこの1点で結論を分けた。 |
| 租税負担軽減の意図 | 中核事実 (事実上の必要条件) |
令和4年最判の後、意図が認定されないまま6項適用が是認された事案は確認できない。他の目的と併存していてもよい。 |
| 被相続人の年齢・健康状態 | 間接事実 | 「近い将来発生することが予想される相続」を支える材料。 |
| 借入れの有無 | 間接事実 | 借入れのない事案でも6項は発動されている。 |
| 取得から課税時期までの期間 | 間接事実 | 2か月から約5年まで、いずれも発動例がある。年数の目安は成り立たない。 |
| 課税時期後の売却 | 間接事実 | 相続開始の約1か月後に実際に売却された事案で、6項適用が否定されている。単独では決め手にならない。 |
| 経済的合理性の欠如 | 間接事実 (最判では排除) |
調査官解説が「経済的合理性を全く問題としていない」と明言。最判以前も必須要件とはされてこなかった。 |
| 相続人の関与 | 間接事実 | 一人が主導した場合も、他の相続人の黙示の承諾が認定された例がある。 |
この整理をすると、反論の組み立て方が変わります。
間接事実(年齢が高い、借入れがある、期間が短い)をいくら潰しても、中核事実(著しい軽減・軽減の意図)が立っていれば結論は動きません。
逆に、納税者の行為が税額を減らす効果を持っていなかったことを示せれば、他の事実がどれだけ揃っていても6項は使えません。実際に国が敗訴して確定した事案は、この一点で決着しています。
令和9年1月1日から、貸付用不動産と不動産小口化商品の評価が変わります。
小口化商品は「その取得の時期にかかわらず」時価評価と明記されているため、保有し続けても改正を待ち抜けることができません。
相続の時期は選べませんが、贈与の実行時期は選べます。実益が令和8年12月31日までの贈与だけに集中するのはこのためで、当局が「駆け込み贈与」と贈与に限定して警戒しているのも同じ理由です。
贈与者68歳が令和4年3月に販売会社から不動産小口化商品(信託受益権)を3,000万円で購入。
令和4年8月に9歳の受贈者へ贈与。通達評価額は480万円(取得価額の約6分の1)で、現金で贈与した場合の贈与税額1,195万円に対し実際は49万円。
令和5年2月、受贈者が販売会社へ売却し、取得価額とほぼ同額で現金化。
問題視されているのは乖離そのものではなく、取得から短期間での贈与・受贈者の属性・贈与後の換金という一連の流れです。
この形は、相続開始2か月前の購入を「一種の商品のような形で一時的に所有権が帰属したにすぎない」と評価した裁判例に正面から当たります。
| 危険度が高い形 | 危険度が相対的に低い形 |
|---|---|
| 取得から数か月から1年程度で贈与している | 取得から数年保有した後に贈与している |
| 贈与後、受贈者が売却して現金化している | 贈与後も受贈者が保有を続け、分配金を受け取っている |
| 受贈者が未成年で、保有・運用の実態が乏しい | 受贈者が事業や資産形成の主体として説明できる |
| 借入れを伴って取得している | 自己資金で取得している |
| 販売会社の節税提案に沿った一連の取引である | 分散投資・収入確保など税以外の目的を示す資料が残っている |
| 改正予告後の令和8年中に集中的に実行している | 毎年の定期的な資産移転の一環である |
評価は鑑定評価等による時価そのもの、つまり100パーセントになります。
改正後のルールなら取得価額を基にした価額の80パーセントという簡便法が使えるため、待った方が有利になり得るという逆転が起こります。この逆転は、駆け込む動機の説明を難しくし、意図の認定材料にもなり得ます。
過少申告加算税は原則として課されます。評価方法の変更は隠蔽・仮装には当たらないため、重加算税は原則として問題になりません。
相続時精算課税では、贈与税の期間制限が過ぎた後でも、是正後の贈与時の価額が相続税に加算されます。控除されるのは実際に課された贈与税額だけです。暦年課税でも、生前贈与加算の範囲に入れば同じ構造の問題が生じ得ます。
ただし6項の適用件数は、平成27年から令和6年までの10年間で27件です。
国税庁長官の指示という手続も要り、当局にとっても軽々に使える手段ではありません。
当局のけん制文書自体が「悪質な事例等を把握した場合には」と限定を付しています。乖離の大きさだけで発動されるものではない、という理解が出発点になります。
条文の逐語、令和4年最判が判示していないこと、最判以前の「特別の事情」論の系譜、贈与税での6項適用裁判例、過去の通達改正時に当局がどう動いたかは、詳細版にまとめています。
(この通達の定めにより難い場合の評価)
6 この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
これだけです。要件らしきものは「著しく不適当と認められる」の一語しかなく、その中身は書かれていません。
手続として「国税庁長官の指示」が置かれているだけです。
最高裁令和4年4月19日判決(民集76巻4号411頁)は、判断を二段構えにしました。
相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。
そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。
そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。
課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。
もっとも、……評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる……。
ここから分かるのは、訴訟物は更正処分の適法性であり、実質的な審理対象は22条違反の有無と平等原則違反の有無の2点だということです。
「6項の要件を満たすか」は独立の争点ではありません。
実際の審理順序も、この理解を裏づけています。
M&A交渉中に代表者が死亡した事案の第一審は平等原則の争点のみで決着させ、22条の争点を判断していません。
取引相場のない株式のいわゆる株特外し事案の第一審も同じです。他方、その控訴審は22条から平等原則の順で両方を判断しました。
いずれも「著しく不適当」という6項の文言を判断基準としては用いていません。
課税庁が通達評価額を上回る評価をするには、実務上6項によるほかありません。課税庁は自ら発した通達に内部的に拘束されるためです。
6項は訴訟の判断枠組みではないけれども、処分をするための内部的な前提としては不可欠です。
この二重構造が、6項の位置づけを分かりにくくしています。
| 判示したこと | 判示していないこと |
|---|---|
| 22条の時価は客観的交換価値であること(従来の判例理論の踏襲) | 6項の適用要件を定立していない |
| 評価通達に国民に対する直接の法的効力の根拠はないこと | 「著しく不適当」の解釈を示していない |
| 鑑定評価額が通達評価額を上回るだけでは22条違反にならないこと | 「特別の事情」という概念を用いていない |
| 平等原則の定式と、違反とならない場合(「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」) | 「事情」の一般的な定義を示していない(事例判断である) |
| 乖離が大きいことだけでは、その事情に当たらないこと | 租税回避の否認法理を定立していない |
調査官解説は次のように説明しています。
問題になっているのは、時価に係る事実の(平等な)認定であり、いわゆる租税回避行為の否認ではない。
本判決が「租税負担の軽減をも意図」した点についての判断に当たり、否認の根拠規定の有無や本件購入・借入れの経済的合理性を全く問題としていないのはそのためである。
従来の「特別の事情」論は、東京地裁平成4年7月29日判決以来「経済的合理性を無視した異常ともいうべき取引」を核としており、法人税法132条の同族会社の行為計算否認と要件構造が似ていました。
「特別の事情」を使えば、否認の根拠規定なしに租税回避の否認法理を通達で創設したことになりかねません。最判はそれを避けたと読めます。
もっとも、租税回避の否認との実質的な違いは明確でないという指摘もあり、相続財産の評価を事実認定としてとらえたうえで、令和4年最判は実質的には事実認定による租税回避の否認を行ったものとして批判する学説もあります。
令和4年最判より前、下級審は「特別の事情」という別系統の枠組みを積み重ねてきました。
税務大学校論叢80号は、次の4点が判例法理として確立していたと整理しています。
東京地裁平成4年7月29日判決(訟月39巻5号938頁)です。
86歳の被相続人が死亡の約5か月前に18億2,000万円を借り入れて土地を16億6,100万円で購入し、相続人が死亡後に18億円で売却した事案で、通達評価額は1億2,102万円余でした。
裁判所は、評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情がある場合には、例外的に他の合理的な方式によることが許されるとしました。
客観面として挙げたのが「経済的合理性を無視した異常ともいうべき取引」です。
控訴審の東京高裁平成5年3月15日判決(判タ854号175頁)は「評価基本通達6の定めもこの事理を規定しているものということができる」と述べました。
6項は新たな権限を創設した規定ではなく、評価通達に内在する制約を確認した規定である、という位置づけです。
同論叢は、これらの裁判例が共通して指摘している要素を次の4点に整理しています。
そのうえで、i と iii が客観的に存在することを指摘する「価額乖離型」と、iv を指摘する「租税回避型」の2類型に分けています。
ただし、これらは個別の基準ではなく相互に関連する基準であり、総合的に判断する必要があるとしています。
注目すべきは、同論叢が、宅地の評価が争点となった東京地裁平成9年9月30日判決では iv 納税者の行為についての判示がないことを挙げ、「不動産の価額の形成要因に『納税者の行為』が影響を与えるケースは通常想定されない」ため、純粋に評価方法そのものが争点となる事例では iv は判断基準に含まれないとしている点です。
納税者の行為は常に必要というわけではないという整理が、当局の研究機関の側から示されています。
経済的合理性の欠如については、必須の要件とはされてきませんでした。
東京地裁平成11年3月25日判決(訟月47巻5号1163頁)は、課税庁が経済的合理性のない不自然な取引であると主張したにもかかわらず、その点の認定と評価を示さないまま「特別の事情」を肯定しています。
税務大学校論叢はこれを「解釈論としては『経済的合理性のない行為』を必須の要件とは考えていない」と分析しています。
他方で、租税負担軽減の意図については、ほぼ常に認定されてきました。
上記の平成11年3月25日判決も、経済的合理性には触れないまま「相続税の軽減を図るために本件株式を取得したものと認められる」「租税負担の実質的な公平を著しく害してまで、相続税回避という意図を保護すべき理由はない」と、意図は明確に認定しています。
M&Aの基本合意(1株約10万5,068円。法的拘束力は明示的に否定されていた)の後に代表者が死亡し、相続人が基本合意価格で株式を売却した事案です。
通達評価額1株8,186円に対し、国側の評価は1株80,373円でした。
最高裁令和4年判決は、評価通達6の適用の有無に当たり、被相続人が、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたことを考慮しているところ、本件被相続人及び被控訴人らによるこれに類する行為があったとは認め難い。
……本件基本合意は、本件被相続人の生存中に売買契約が成立した場合、代金債権に転化し、又は代金が支払われることによって、相続税の負担を増大させる可能性を有するものであり、相続税の負担を減じ、又は免れさせるという効果は存しない。
本件被相続人又は被控訴人らが、相続税の負担を減じ、又は免れさせる行為をしたと認めることができない以上、本件被相続人又は被控訴人らの行為に着目した場合に、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない。
「判断する余地はない」という言い回しは、納税者の行為を事実上の必要条件として扱ったものと読めます。
ただしこれは最判が示した規範ではなく、高裁の解釈です。
なお第一審は「一定の納税者側の事情が必要と解すべきである」とも述べていましたが、高裁は原判決のこの部分を引用せず別の理由付けに差し替えているため、確定判決の理由には残っていません。
この事件で国は「趣旨逸脱型」という構成を主張しました。令和4年最判を「濫用型」の事例判決と位置づけたうえで、本件は通達の趣旨を逸脱する類型に当たるという主張です。
ただしこの語は第一審判決書の別紙(被告の主張の要旨)にのみ現れ、裁判所の理由中には現れません。高裁は、租税回避行為があることは要件とならないという主張について「当裁判所はそのような要件が存するものと説示しているものではないから、同主張に対する判断の必要はない」と述べており、類型論を正面から否定したわけではありません。
実際には、取引相場のない株式の交換価値は専門的評価を経ない限り判明し得ないこと、M&Aの売買代金が交換価値を反映しているとは限らないことを理由に、趣旨逸脱型の事実的前提を否定する形で結論的に容れなかったというのが正確です。
取引相場のない株式のいわゆる株特外し事案です。第三者割当てにより株式保有特定会社に該当しないようにし、配当により比準要素数1の会社にも該当しないようにしたうえで、約2か月後に相続が開始しました。
第一審は納税者勝訴、控訴審で逆転して国側勝訴となり、納税者が上告して現在も係属中です。
分かれた理由は3点あります。
| 論点 | 第一審(納税者勝訴) | 控訴審(国側勝訴) |
|---|---|---|
| 著しい軽減の測り方 | 割合に着目。軽減割合が5割未満で、なお課税価格21億円・納付税額10.5億円と高額であることから否定 | 「軽減される相続税の額、割合等を総合的に考慮して判断する」として、5割に満たなくても著しい軽減と認定 |
| 行為と結果の因果 | 評価額の減少は評価通達179(3)が併用方式の選択を認めていることに起因する。新株発行等に固有の減少は約1億円(2.5パーセント)にとどまる | 評価方法の選択という論点には応答したうえで、結論を異にした |
| 意図の認定 | 認定事実への当てはめをしていない | 相続開始の約3か月前から相続人が証券会社担当者と連日協議していた事実を具体的に認定。経営支配権維持のための資金プール計画は見受けられないとして納税者の主張を排斥 |
国税不服審判所令和6年3月25日裁決は、判断構造が特徴的です。
乖離を独立の検討項目として立てず、「請求人の租税負担の軽減の程度」「請求人の租税負担の軽減の意図」の2項目のみを検討して、そこから直接「看過し難い不均衡」の結論を導いています。
令和4年最判の枠組みを最も忠実になぞった判断構造といえます。
国税不服審判所令和7年6月18日裁決は、裁決事例集には登載されていない非公表裁決ですが、裁決要旨は審判所の裁決要旨検索システムで公開されています。
要旨によれば、取得・借入れにより相続税の総額が約80パーセント減少したこと、賃料収入を得る目的だけではなく相続税の負担を軽減する意図をもって取得・借入れを行ったと認められることを理由に、平等原則に違反しないとしています。
あわせて過少申告加算税の「正当な理由」も否定されています。
以上を踏まえると、実務で「6項の発動要件」として語られているものは、法的な性質がまったく異なる3つの層に分かれます。
層ごとの内容と、よく挙げられる項目の仕分けは、簡易版の表にまとめています。ここでは補足すべき点だけを述べます。
令和4年最判により、税務大学校論叢の判断基準 iii(著しい乖離)は、独立の判断基準から降格したといえます。
実際、上記のM&A事案の先行裁決(国税不服審判所令和2年7月8日裁決)は乖離の著しさをもって特別の事情を認定しており、更正処分も令和4年最判より前に行われていました。
当時の当局が乖離の立証だけで足りると考えていたことがうかがわれます。この前提はもはや成り立ちません。
これは位置づけが分かれます。税務大学校論叢の要件事実整理では、課税庁の抗弁である「特別の事情」の一要素とされています。
他方、22条の側から見れば、処分価額が時価を上回らないことの立証手段として不可欠です。
要件と立証手段は別のものなので、どちらか一方に決めつけるのは正確ではありません。実務上は両方にまたがると理解するのが安全です。
税務大学校論叢の要件事実整理では、評価通達による価額が客観的交換価額を上回ることについては納税者に主張立証責任があり(再抗弁)、課税庁が特別の事情を主張立証するのは、評価通達により難いとの不利益陳述をしたうえでの再々抗弁の「せり上がり」として位置づけられています。
従来の「価額乖離型」に分類される事案には、通達評価額が時価を上回るために、納税者の側から通達によらない評価を求めた事案が含まれます。これらは課税庁が納税者に不利に6項を使う場面とは向きが逆です。
令和4年最判が構成した平等原則の規範は、「特定の者の相続財産の価額についてのみ……上回る価額によるものとすること」という不利方向についてのみ述べています。
過去の裁判例を引用するときは、その事案がどちら向きだったかを確認する必要があります。
令和8年度税制改正大綱の(1)は「課税時期前5年以内」の取得を対象とし、(2)(不動産小口化商品)は「その取得の時期にかかわらず」時価評価とします。
適用は令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価からです。
したがって、小口化商品については、保有し続けても改正を待ち抜けることができません。
令和8年中に取得しても、相続開始が令和9年以後なら時価評価です。相続税において駆け込み取得が意味を持つのは令和8年12月31日までに相続が開始した場合だけであり、これは選べません。
選べるのは贈与の実行時期だけです。実益はこの一点に集中しており、当局が「駆け込み贈与」と贈与に限定して警戒しているのは、この構造を正確に踏まえたものです。
相続税法22条は「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により」と定めており、贈与にも同一の時価規律が及びます。
ただし、令和4年最判の中核にある「近い将来発生することが予想される相続において」という時間的近接性は、贈与では使えません。被相続人の死亡が介在しないためです。
贈与税で6項ないし「特別の事情」が適用された裁判例を見ると、代わりに機能しているのは「その評価方法を定めた評価通達の趣旨が、当該事案には妥当しない」という筋です。
| 事案 | 内容と判示 |
|---|---|
| 東京地裁平成7年7月20日判決 (上場株式の負担付贈与) |
昭和63年12月15日の贈与。評価通達169により1株1,033円(昭和63年10月の最終価格の月平均額)で評価して課税価格ゼロで申告したのに対し、課税庁は贈与時点の最終価格1,980円で課税。 裁判所は「専ら贈与税の負担を回避するために……計画的に行われた」とし、偶発的な財産の移転を前提として評価の安全を図ろうとする通達の趣旨に反することは明らかであるとして、課税庁の処分を是認。 |
| 東京地裁平成13年7月5日判決 東京高裁平成15年7月31日判決 (買取保証付出資) |
同族株主以外の株主が売却を希望すれば時価純資産価額で買い取る旨の買取保証が付された出資を、配当還元方式で著しく低額に評価して贈与した事案。 過少申告加算税の「正当な理由」も否定され、「節税を試みること自体とその結果として相続税法22条の規定に違反することとは別である」と述べられている。 |
| 大阪地裁平成16年8月27日判決 大阪高裁平成17年5月31日判決 (資本金と資本準備金の振分け) |
有限会社への出資10億円のうち1,000万円を資本金、9億9,000万円を資本準備金に振り分け、評価通達188-2が1口当たりの資本金を基準に配当還元評価する定めを利用して評価額を100分の1にした事案。 第一審は「1対99の割合をもってした資本金と資本準備金への振り分けは何ら合理性を有しない」と判示。同種の事案が複数ある。 |
いずれも株式・出資の事案です。不動産(土地・建物そのもの)の贈与について6項が適用された公表裁判例・裁決は確認できませんでした。
税務大学校論叢の裁判例一覧でも、土地の事案はすべて相続税事案、贈与税事案はすべて株式等です。
この筋を立てるとすれば、「路線価等による評価が予定していた利益状況(自ら使用・管理する現物不動産の保有)と、事業者が組成し買取りまで用意した金融商品の保有とは異なる」という主張になります。
これは前記のM&A事案で国が唱えた「趣旨逸脱型」とほぼ同型の主張です。同事案で国がその事実的前提を立証できずに敗訴し確定したことは、この筋の難しさを示しています。
ここが今回の最大の攻防点になると見込まれます。
| 類型 | 現行の評価 | 改正と6項リスク |
|---|---|---|
| 任意組合型 | 組合財産の共有持分として、現物不動産と同じく路線価・固定資産税評価額で評価 | 乖離が生じる。改正の対象 |
| 信託受益権型 | 相続税法9条の2により受益者が信託財産を有するものとみなされ、評価通達202により信託財産たる不動産を評価 | 乖離が生じる。改正の対象。当局が示した事例はこの型 |
| 匿名組合型 | 出資者の権利は金銭債権的な性格を持ち、清算金相当額で評価 | そもそも乖離が生じにくく、影響は小さい |
これが今回の予測にとって最も実証的な材料です。
| 局面 | 当局の動き |
|---|---|
| マンション通達 (令和5年9月28日公表 令和6年1月1日適用) |
公表から施行まで約3か月の空白があった。その間の駆け込みに6項を適用した事例の報道は確認できず、国税庁の事前警告も確認できない。 ただし6項の適用件数自体が10年間で27件と極めて少ないため、「なかった」と断定はできない。 |
| 負担付贈与通達 (平成元年3月29日発遣 同年4月1日適用) |
発遣から施行まで3日しかなく、構造的に駆け込みの余地がほとんどなかった。「予告・猶予期間・施行」という今回のパターンとは異なる。 |
| 旧租税特別措置法69条の4 (昭和63年創設・平成8年廃止) |
相続開始前3年以内取得不動産を取得価額で評価するもの。当局が6項ではなく立法で対応した例。 |
| 生前贈与加算の7年延長 (令和6年1月1日以後の贈与) |
6項の適用対象外と考えられる。生前贈与加算は加算期間の問題であって財産評価の問題ではなく、6項は評価に関する定めであるため。 |
| 上場株式の評価通達改正前 (平成2年改正) |
「通達が穴を塞ぐ前の取引」に対して個別否認を行い、裁判所が是認した実例がある(前記の東京地裁平成7年7月20日判決。同事案の贈与は昭和63年12月)。 |
正確を期すと、東京地裁平成7年7月20日判決の事案の「穴」を塞いだのは負担付贈与通達ではありません。
負担付贈与通達の対象は「土地等及び家屋等」であり、上場株式は対象外だからです。同事案の穴を塞いだのは評価通達169(2)の平成2年改正です。
まとめると、通達改正が予告された後・施行前の駆け込みに6項が発動された公表事例は確認できない一方で、通達が穴を塞ぐ前の取引に対する個別否認が是認された先例はある、という状況です。
過去のいずれの局面とも異なる点が1つあります。当局が施行前に、明文でけん制文書を出したことです。
令和8年度税制改正大綱に盛り込まれた「貸付用不動産の評価方法の見直し」の対象のうち、特に不動産小口化商品については、通達を施行するまでの間に、親族間における駆け込み贈与等の発生が懸念される。
このようなスキームを看過すれば、税制への信頼感が著しく棄損されるおそれがあり、不動産小口化商品に係る取引の動向等に重大な関心をもって注視しているところ。
今後、悪質な事例等を把握した場合には、課税処分を念頭に資料・情報収集を積極的に行うとともに、必要に応じ国税庁まで情報を提供されたい。
同じ会議では、租税回避スキームへの対応が議題となり、国税庁がスキームを提案・販売するプロモーターの存在を把握しており、その利用が急速に拡大しているとみていること、対応として「スキームの早期探知」「税制改正意見の提出」を強化する方針であることも報じられています。
会議文書は「悪質な事例等を把握した場合には」と限定を付しています。全件否認を予告したものではありません。
乖離の大きさだけでは足りず、取得から短期間での贈与、実態のない受贈者、贈与後の換金、プロモーター主導の一連の取引といった事実が重なる事案が標的になると読むのが合理的です。
反対に、当局側の論拠としては、最判の規範が通達改正の有無・時期とは論理的に独立していること、通達が穴を塞ぐ前の取引への個別否認を是認した先例があること、今回は施行前に明文でけん制しており納税者は警告を受けていたことが挙げられます。
なお、通達を整備しても6項が消えるわけではありません。
国税庁は「居住用の区分所有財産の評価に関するQ&A」(令和6年5月)問9で、マンション通達を適用した場合でも評価通達6の適用があり、通達を適用した価額よりも高い価額により評価することもあると明示しています。
令和9年1月に新しい評価方法が施行された後も、同じ構造が続きます。