税務論点整理|ケーススタディ

評価通達6項に
「発動要件」は存在しない

条文にあるのは「著しく不適当」の一語だけ。
では裁判所は何を基準に判断しているのか、そのうち何が要件で、何が単なる考慮材料なのか。
令和4年最高裁判決とそれ以前の裁判例を並べて切り分け、改正前の駆け込み贈与に当てはめます。

結論

6項には、法的な意味での「発動要件」がそもそも存在しません。
訴訟で審理されるのは、相続税法22条(処分の評価額が時価を上回らないか)と、平等原則(通達評価額を上回る評価に合理的な理由があるか)の2つだけです。
6項は、課税庁が自ら発した通達に内部的に拘束されるために必要な内部手続であって、訴訟の判断枠組みではありません。

最高裁令和4年4月19日判決も、6項の適用要件を定立していません。
判示したのは「通達評価額を上回る評価が平等原則に違反しないのはどのような場合か」であり、しかも事例判断です。
「著しく不適当」という6項の文言も、それ以前の下級審が使ってきた「特別の事情」という概念も、同判決は用いていません。

改正前の駆け込み贈与について、過去に同じ構図で6項が発動された公表事例は確認できませんでした。
マンション通達には公表から施行まで約3か月の空白がありましたが、その間の駆け込みへの6項適用も、当局の事前警告も見当たりません。
ただし「通達が穴を塞ぐ前の取引」への個別否認が裁判所に是認された先例はあり、今回は当局が施行前に明文でけん制した点が過去と異なります。

1

条文にあるのは
一語だけ

「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」。
要件らしきものは「著しく不適当」だけで、その中身は書かれていません。

2

長官の指示は
効力要件ではない

裁判例は、指示の有無は課税処分の効力に影響しないとしています。
逆に、指示を経ていても「特別の事情」がなければ違法です。必要条件でも十分条件でもありません。

3

乖離は要件ではなく
前提事実

最高裁は「大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない」と正面から否定しました。
調査官解説も「何倍であるといった主張立証には意味がない」と述べています。

4

実際に見られているのは
結果と意図

最高裁が指摘したのは、税負担が著しく軽くなったという結果と、軽くする意図の2つです。
年齢・借入れ・期間・売却などは、この2つを推認するための材料にすぎません。

5

行為がなければ
判断する余地がない

M&A交渉中に代表者が死亡した事案で、高裁は「行為をしたと認めることができない以上、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない」として6項適用を否定し、確定しました。

6

贈与では
判断の柱が変わる

「近い将来発生することが予想される相続」という論理が使えないため、代わりに「その評価方法を定めた通達の趣旨が当該事案に妥当しない」という筋が使われてきました。

3層に分けると整理できる

実務で「6項の発動要件」として語られているものは、法的な性質がまったく異なる3つの層が混ざっています。
切り分けると次のようになります。

層内容性質
第1層
法律要件
相続税法22条(時価を上回らないこと)
平等原則(「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があること)
訴訟で審理される適法性の要件。この2つだけ。
規範的な要件(不確定概念)は後者のみ。
第2層
中核事実
租税負担が著しく軽減されたこと(客観面)
租税負担軽減の意図があったこと(主観面)
第1層を基礎づける事実。最高裁が明示的に指摘した2つ。
要件そのものではないが、実務上はこれが勝負どころ。
第3層
間接事実
年齢・健康状態/借入れ/取得からの期間/課税時期後の売却/経済的合理性/相続人の関与/第三者の記録 中核事実を推認するための材料。
単独では決め手にならず、欠けていても発動され得る。

よく挙げられる項目の仕分け

項目位置づけ理由
通達評価額と時価の著しい乖離 要件ではない
(前提事実)
最高裁が正面から否定。ただし「乖離を利用して税負担が著しく軽くなった」という因果の起点ではある。
他の合理的な評価方法の存在 位置づけが分かれる 税務大学校論叢の要件事実整理では課税庁の抗弁側。他方、処分価額が時価を上回らないことの立証には不可欠。両方にまたがる。
納税者の行為 事実上の必要条件
として運用
最高裁は要件と明示していないが、高裁が「行為がない以上、判断する余地はない」とした。ただし不動産の評価そのものが争点の事例では不要とする整理もある。
租税負担が著しく軽減されたこと 中核事実
(要件に極めて近い)
調査官解説が「正に『著しい』といえる場合に限られる趣旨」とする。株特外し事案は一審と控訴審がこの1点で結論を分けた。
租税負担軽減の意図 中核事実
(事実上の必要条件)
令和4年最判の後、意図が認定されないまま6項適用が是認された事案は確認できない。他の目的と併存していてもよい。
被相続人の年齢・健康状態 間接事実 「近い将来発生することが予想される相続」を支える材料。
借入れの有無 間接事実 借入れのない事案でも6項は発動されている。
取得から課税時期までの期間 間接事実 2か月から約5年まで、いずれも発動例がある。年数の目安は成り立たない。
課税時期後の売却 間接事実 相続開始の約1か月後に実際に売却された事案で、6項適用が否定されている。単独では決め手にならない。
経済的合理性の欠如 間接事実
(最判では排除)
調査官解説が「経済的合理性を全く問題としていない」と明言。最判以前も必須要件とはされてこなかった。
相続人の関与 間接事実 一人が主導した場合も、他の相続人の黙示の承諾が認定された例がある。
切り分けの実益

この整理をすると、反論の組み立て方が変わります。
間接事実(年齢が高い、借入れがある、期間が短い)をいくら潰しても、中核事実(著しい軽減・軽減の意図)が立っていれば結論は動きません。
逆に、納税者の行為が税額を減らす効果を持っていなかったことを示せれば、他の事実がどれだけ揃っていても6項は使えません。実際に国が敗訴して確定した事案は、この一点で決着しています。

駆け込み贈与をどう見るか

令和9年1月1日から、貸付用不動産と不動産小口化商品の評価が変わります。
小口化商品は「その取得の時期にかかわらず」時価評価と明記されているため、保有し続けても改正を待ち抜けることができません。
相続の時期は選べませんが、贈与の実行時期は選べます。実益が令和8年12月31日までの贈与だけに集中するのはこのためで、当局が「駆け込み贈与」と贈与に限定して警戒しているのも同じ理由です。

当局が名指しした事例の形

贈与者68歳が令和4年3月に販売会社から不動産小口化商品(信託受益権)を3,000万円で購入。
令和4年8月に9歳の受贈者へ贈与。通達評価額は480万円(取得価額の約6分の1)で、現金で贈与した場合の贈与税額1,195万円に対し実際は49万円。
令和5年2月、受贈者が販売会社へ売却し、取得価額とほぼ同額で現金化。

国税庁が政府税制調査会に提出した説明資料「財産評価を巡る諸問題」(令和7年11月13日)掲載の事例。取得から売却まで11か月。

問題視されているのは乖離そのものではなく、取得から短期間での贈与・受贈者の属性・贈与後の換金という一連の流れです。
この形は、相続開始2か月前の購入を「一種の商品のような形で一時的に所有権が帰属したにすぎない」と評価した裁判例に正面から当たります。

危険度の目安

危険度が高い形危険度が相対的に低い形
取得から数か月から1年程度で贈与している 取得から数年保有した後に贈与している
贈与後、受贈者が売却して現金化している 贈与後も受贈者が保有を続け、分配金を受け取っている
受贈者が未成年で、保有・運用の実態が乏しい 受贈者が事業や資産形成の主体として説明できる
借入れを伴って取得している 自己資金で取得している
販売会社の節税提案に沿った一連の取引である 分散投資・収入確保など税以外の目的を示す資料が残っている
改正予告後の令和8年中に集中的に実行している 毎年の定期的な資産移転の一環である
否認された場合に起きること

評価は鑑定評価等による時価そのもの、つまり100パーセントになります。
改正後のルールなら取得価額を基にした価額の80パーセントという簡便法が使えるため、待った方が有利になり得るという逆転が起こります。この逆転は、駆け込む動機の説明を難しくし、意図の認定材料にもなり得ます。

過少申告加算税は原則として課されます。評価方法の変更は隠蔽・仮装には当たらないため、重加算税は原則として問題になりません。

相続時精算課税では、贈与税の期間制限が過ぎた後でも、是正後の贈与時の価額が相続税に加算されます。控除されるのは実際に課された贈与税額だけです。暦年課税でも、生前贈与加算の範囲に入れば同じ構造の問題が生じ得ます。

ただし6項の適用件数は、平成27年から令和6年までの10年間で27件です。
国税庁長官の指示という手続も要り、当局にとっても軽々に使える手段ではありません。
当局のけん制文書自体が「悪質な事例等を把握した場合には」と限定を付しています。乖離の大きさだけで発動されるものではない、という理解が出発点になります。

条文の逐語、令和4年最判が判示していないこと、最判以前の「特別の事情」論の系譜、贈与税での6項適用裁判例、過去の通達改正時に当局がどう動いたかは、詳細版にまとめています。

本ページは、令和8年度税制改正大綱、財産評価基本通達、相続税法、国税通則法、所得税法の条文、国税庁が政府税制調査会に提出した説明資料、税務大学校論叢、国税庁の質疑応答事例、公表裁判例および国税不服審判所の裁決、専門誌および税理士法人・法律事務所の解説記事で確認した範囲を、一般的な論点整理として整理したものです。
特定の個別案件を扱ったものではありません。
改正通達は本ページ作成時点で未発遣であり、内容が明らかになれば前提が変わり得ます。